2006年05月31日(Wed)

「向こう」

カテゴリー:ねむるメモ記事編集

どうもわからないことがある。
僕らは五官(五感)でいろんなことを感じてる。目や耳や皮膚で。

それじゃ、「向こう」を感じるのは、どの感覚なのか。
どこで、広さ、奥行き、距離みたいのを感じてるのか。

身体が感じてるのは間違いないと思うんだけど、そのへんがわからん。一瞬、視覚じゃないかと思えるけど、そうでもない。試しに目を閉じてみる。そばからくる音と「向こう」の音は違うのがわかる。
さらに、うまく言えないけど、「向こう」の方、と感じるのは、遠さや広さみたいのを感じるのは、視覚・聴覚ともまた別の何かのような気がする。三半規管のような特別な器官があるんだろうか。

それはさておき。
すべてのものは2種類に分かれる。こちら(自分のそば)にあるものと向こう(離れたところ)にあるものだ。机の上の"この"クリップと、台所にある"あの"キャベツだ。
そして、そんな見たり触ったりできるモノだけでなく、あらゆるものごと―抽象的なものも出来事も―やはり2種類に分けられる。今・ここのこと。それと、小さい頃の思い出(過去)や、「万馬券当たるといいな」(空想)など、"今・ここ"を離れた、「向こう」側のことである。
英語の仮定表現(If I were〜)や丁寧表現(would,could等)は過去でもないのに過去形になる。そこには「距離をとった」身体の感覚が働いているのだという。
試しに、今一番ほしいものを下の○にあてはめて、心を込めて読んでみてほしい。
「○○、もってたらなあ」
遠くをながめる表情になるはず。そう、「向こう」に感じるというわけ。

言葉は、身体の感覚から生まれる

ってホントだ、ということの再発見。そして、てことは過去や想像上の「見たり触れたりできないこと」も、ある程度「向こうにあるキャベツ」と同じように、身体が感覚できるものなんじゃないかという発見。ん?感覚できるようにすることもできるんじゃないか、という発見か。

そんな発見と、字の大きさを変えてみる練習。

参考:ハートで感じる英文法(大西泰斗/ポール・マクベイ著 NHK出版)
 
│posted at 01:24:44│ コメント 0件トラックバック 0件
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