突然ですが、すべての人間は2種類に分けられます。
などとはじめると、簡単にだれでも名言っぽいものをつくれます。
名言テンプレートですね。
このテンプレートをつかってつくったのがこちら。ドン。
すべての人間は、2種類に分けられる。
野球の守備で味方がエラーした時に、
「ドンマイ」という人。
「捕れよテメェコラ(怒)」という人。
「捕れよテメェコラ(笑)」という人。
あるいは何も言わない人。
何も言わないで明かりを消して街の光だけが君を映してる人。
そんなリトルトーキョーな人。
リトルトーキョーがあるならリトルニューヨークがあってもいいじゃないかって人。
でもそんなこと言ったらリトルビッグアップルになっちゃうだろって人。
小さいの大きいのどっちなのって話だろって人。
違うそんな話じゃない。
コミュニケーションのスタイルのことを話したいのです。
やはり一番上から三つ、とりわけ「ドンマイ」と「テメェコラ(笑)」を使い分けられるのがベストだと思うのですが、けっこう「ドンマイ」一本で行ってる人も少なくないのではないだろうか。そして「ドンマイ」スタイルしか持たない人は、なかなか他のスタイルを取り入れにくくなってしまうのでは、と思うのです。
というのも「ドンマイ」と言う人は「ドンマイ」と言われる人でもあります。会話のキャッチボールにおいて無難な球を投げる人なので、返ってくる球も無難な球になってしまう。そしてそれが習慣になり、受ける相手の方も無難な球しかこないと思っているので、ますます遊びのある球は投げにくくなっていってしまうのです。
典型的な「ドンマイ」一本系の人を思い浮かべてみましょう。「ジョジョの奇妙な冒険」の広瀬康一(エコーズACT-0時)、「スウィング・ガールズ」の関口香織(本仮屋ユイカの役)、「天使にラブソングを」のシスターメアリー(キャシー・ナジミーの役)、Little Women(若草物語)のベスなどといったところでしょうか。彼ら彼女らが「テメェコラ」とか言うのを想像するのは、かなりのギャップをともないます。
そして僕も多分わりかしそういうタイプです。好感度の高いキャラクター並べておいてそこに自分も加わろうかというしたたかさで、そういうタイプです。もちろん接する人によって変わるだろうけど、ついつい冒険しないコミュニケーションのスタイルをとってしまいがちです。フィクションの世界ではそれが持ち味ってことでいいんだけど、リアルの世界ではちょっと物足りなさ目の人。魑魅魍魎の跋扈(ばっこ)するが如く人々の価値観のバリエーションが広がるこの世界を渡っていくためには、対話のスタイルのバリエーションも求められていくだろうなということをちょくちょく考えさせられます。
何かのはずみで僕が不自然に「テメェコラ」的なトーンで何か言い出すことがあったら、きっとそんな理由からですので、そのへんは大目に見ていただけるとありがたいかなと思います。
ところでおいテメーこら2種類って何種類だか知らねぇのかクソボケェ(笑)(←超時間差1人ツッコミw
▼│posted at 21:41:59│
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